キーワードは「フェーズフリー」「攻めるBCP」。
防災の専門家に聞く、企業が今知るべきBCPと防災の最新トレンド

「自分と家族が死なないための防災」をテーマに、さまざまな防災情報をYouTubeやVoicy、講演会などで発信している高荷智也さん。具体的な防災グッズや防災展示会のレビューなどを楽しく、丁寧に発信しています。お堅いテーマと捉えられがちな防災やBCPについて、どのような点を意識しているのでしょうか。今回は高荷さんに防災やBCPの情報発信をする際の心がけや、企業の災害対策において気をつけるべきポイントについて、お話を伺いました。

<取材にご協力いただいた方>

高荷 智也(たかに ともや)さん
合同会社ソナエルワークス 代表社員。備え・防災アドバイザー、BCP策定アドバイザー。「自分と家族が死なないための防災」をテーマに、地震・水害・パンデミックなどの自然災害から、銃火器を使わないゾンビ対策まで、堅い防災を分かりやすく伝える活動に従事。防災系YouTuber・Voicyパーソナリティ としても活躍中。
 
◆登録者数10万人突破の防災系YouTubeチャンネル:そなえるTV(URL:https://youtube.com/@sonaerutv )
◆総再生回数100万回越えのVoicyチャンネル:そなえるラジオ(URL:https://voicy.jp/channel/1387 )

※インタビュアー:丸山 茜(防災士)
…当サイト運営元であるプラス株式会社ジョインテックスカンパニーにて防災・BCP商材、サービスの企画/推進、専用カタログ「危機対策のキホン」の企画/監修担当

人一倍怖がりだからこそ、人一倍防災について調べるように

丸山:高荷さんが防災の情報発信をするようになった理由を教えてください。

高荷 さん:

私は性格上、人一倍怖がりで、被災したくないという思いが強く、特に結婚して子どもが生まれてから、水や食べ物などを備蓄する、いわゆる”一般的な”防災対策をするようになりました。
 
ところが2007年に東京大学で地震学を研究されている目黒公郎教授の『間違いだらけの地震対策』(旬報社)という本に出会い、衝撃を受けます。これまで自身がしてきた対策や避難所の備蓄品として必要なものがしっかり備えられているのか、人数分用意されているのか……ということが大事だと思っていたのですが、結局、地震で即死してしまったら、その準備は何も意味がない。最初に死なない準備をしないと、そのほかの準備は無駄になるということが書かれていました。
 
これは多くの人が知らないことだなと思い、当時流行っていたブログを書き始めました。

丸山:ブログにはどのようなことを書かれていたのですか?

高荷 さん:

「こんな缶詰を買ってみた」といった小ネタが中心の、「サラリーマンパパの防災ブログ」のような記事を毎日書き溜めていました。2011年に東日本大震災が起きたとき、当時川崎市に住んでいた私は、首都圏にも福島第一原子力発電所事故の影響があるのではないかと、自分が一番知りたい情報をとにかく調べ、それをブログにまとめていました。すると、これまで全然読まれていなかったブログのアクセス数が急激に伸びたのです。
大学で勉強していた原子力工学の知識も役に立って、多くの方にその原発事故関連の記事にアクセスしていただき、「助かりました」といったコメントをいただいたのが今でも印象的です。

私は防災業界にいたわけでも、防災の研究機関に所属していたわけでもありません。基本的に独学でしたが、素人のブログでも真面目にやると世の中の役に立つのだなと初めて感じました当初は企業に勤めながら副業として「防災アドバイザー」の仕事をしていたのですが次第に仕事の幅が広がり、紆余曲折を経て独立し、現在に至ります。

大切にしているのは「忖度しないこと」「具体的に紹介すること」

丸山:以前ご出演されていた「マツコの知らない世界」を一視聴者として拝見させていただいたのが高荷さんを知ったきっかけで「なんだこの人は!」というのが正直な第一印象でした。その後、高荷さんのYouTubeをいくつか拝見し、特に「モバイルバッテリー・ポータブル電源」の選び方の動画が印象に残っています。数字や単位など説明が難しい部分も丁寧に解説されていますが、これも独学なのですか?

高荷 さん:

そうですね。もともと防災グッズが好きでして、自ら購入していじくり回し、これは他の人も欲しいだろうなと思えたものだけをYouTubeでご紹介しています。厳選した防災グッズだけを動画化していますので、正直動画で紹介するのをやめたアイテムも多いです。

丸山:YouTubeには30分以上の尺がある動画も公開されていますよね。尺はあまり気にされないのですか?

高荷 さん:

そうですね。YouTubeでの活動はもともと「YouTuberになろう!」と思って始めたものではありません。コロナ禍で対面の講演会やセミナーが軒並み中止になったとき、時間があるうちにネタを用意しておこうと思い始めたのですが、今やハマってしまいました。ですから、あくまでもYouTubeは営業を兼ねた趣味という位置付けです。だからこそ視聴回数を気にしなくていいし、バズらなくてよいのです。伝えたいと思う内容を伝えきることを重視しているため、尺は長めですね。

丸山:防災情報を発信する上で、どのようなことを心がけていますか?

高荷 さん:

まずひとつは何に対しても忖度しないこと。いわゆる企業案件もありますが、お断りする案件も多いんですねレビュー動画を作ってほしいと言われて、実際にものを見て「ちょっとこれは……」と思ったら、お断りしています。良いことも悪いこともフラットに伝え切ることを大切にしていますね。
 
もうひとつは、その情報を受け取った人たちが、自分で判断して咀嚼できるようにやり方を教えること防災の講演会をしますと「話、面白かったです」などと感想をいただきますが、そこで終わってしまうことが多い。防災は命を守る行為なので、「いい話だった」で終わると、それは失敗なのです。
 
「私もできそう」とか「そうか、うちの場合はこうすればいいんだ」と思って、実際に行動に移してもらう。そのためのやり方を具体的に説明するようにしています。

高荷さんが通勤用バックアップに収納し、いつも持ち歩いている防災グッズ

丸山:とても共感します。私共は、toB向けに防災用品・サービスのご提供をさせていただいており、防災に関するセミナーや勉強会なども開催しております。その中で「良かったです・分かりやすかったです」という感想をいただくのは、もちろん有難いのですが、目指すところはそこではなくて、実際にご自身の会社に当てはめていただき、「うちの会社にはこれが必要だね」「まずはここから初めてみよう」と防災対策を一歩前に進めていただくためのキッカケ作りの場がセミナーや勉強会であり、備蓄品購入やサービスの導入などを通して、企業における防災対策が加速することがゴールだと思っています。

大きな災害が起きた時に、あの時、あのセミナーを聞いて備えておいて良かったなと、そう思っていただける企業様を1社でも多く増やしていきたいです。

「防災」をテーマにした内容となると、どうしても専門用語や考え方なども含めて小難しいイメージになってしまいますが、高荷さんのYouTubeの動画コンテンツは、主にtoC向けに作られていると感じるのですが、見る側の目線で作られていて、非常にわかりやすく、また楽しく学べるのがとても素晴らしいなと思います。

高荷 さん:

ありがとうございます。災害の情報や報道は真面目にやらなくてはいけないと思っているんですが、まだ災害が起きる前の防災情報に関しては無限に遊んでいいと僕は思っています。どうせやるならば楽しい方がいいと思うので。
 
YouTubeにしろVoicyにしろ、「防災って?」と思っている方々が僕の話を聞いて、実際に防災に取り組んでもらえるように、楽しく、そして具体的に取り組みを紹介するように心がけています。

「フェーズフリー」=日常時はもちろん、非常時にも役立つ商品・サービス・アイデア

丸山:企業のBCPについてもお聞きしたいと思います。高荷さんがBCPに携わるようになったきっかけを教えてください。

高荷 さん:

2013年頃だったと思いますが、とあるバックオフィス向けの専門誌から、企業の防災に関する記事執筆を依頼されました。その記事への評判が良く、次にBCPについての執筆をお願いされたことがきっかけです。

次第にBCPに関するセミナーの仕事も増え、2015年にこれまで調べたBCPに関する知識やノウハウをまとめた『中小企業のためのBCP策定パーフェクトガイド』を出版しました。

丸山:2015年当時と現在でBCPの変化や違いは感じられますか?

高荷 さん:

根源的な部分はそれほど大きく変わっていないとは思っています。大きな災害が起こる度に多くの会社がBCP対策の必要性を認識し、その時々にあった用語を使っていくわけですが、結局やっていることは同じだなと感じています。

内閣府と経済産業省がBCPのガイドラインを作りまして、2011年の東日本大震災以降、企業におけるBCP策定割合は増えてはいるものの、まだ完全とは言えない状況です。BCPの策定内容のレベル・浸透度合いは企業によって本当にバラバラ。そのバラつきをなくし、全体的にレベルを上げていくのかが今後の課題だと思っています。

丸山:企業向けに防災セミナーも実施されていますが、企業防災における最近のトレンドがあれば教えてください。

高荷 さん:

「フェーズフリー」が最近の防災におけるキーワードになっています。新型コロナウイルスの感染拡大以降から急激に広まった言葉で、身の回りで使う物には「日常時」と「非常時」の2つのフェーズで役立つ商品を選ぼう、という考え方です。
 
これまで防災用品は、日常では企業の倉庫や棚に保管し、いざという時に引っ張り出して利用するという商品が一般的でしたが、それでは災害時に取り出せなかったり、忘れられることも。さらに企業としては、普段使わない物にはお金をかけられないという本音もあります。
 
しかし「フェーズフリー」な商品であれば、日常でも活用できるため、いざ災害が起きたという時でもすぐに手にとって活用することができます。また、会社側としても普段使いする物であれば予算を取りやすいというメリットもあります。
 
実は「フェーズフリー」の考え方自体は新しいものではありません。2016年の熊本地震以降は、見た目のよいグッズ、おしゃれなグッズがブームになりましたが、「いつも利用しているモノやサービスがもしもの時にも役立つ」という概念がうまく言語化されたのが「フェーズフリー」なのです。最近ではメディアに取り上げられ、「フェーズフリー」の考え方を発信する一般社団法人も立ち上がり、今後ますます世の中に広がっていく価値だろうと感じています。

コストセンターであるBCPや防災を「利益を生む存在」へ

丸山:企業のBCPや防災担当の方へのメッセージをお願いします。

高荷 さん:

私が防災を始めたきっかけでもある、東大の目黒教授がとてもいいことを仰っています。 日本はこれから人口減に拍車がかかり、基本的に撤退戦の世の中になっていくので、社会をシュリンクさせていかないといけなくなる。企業もどこにお金を使うかシビアに考えなくてはいけない時代です。
 
企業にとって防災はコストであり、後回しになってしまいがちだからこそ、企業は防災やBCPを「利益を生む存在」にしなければなりません。防災やBCPを活用し、売り上げにつなげたり、ポジティブなものに変えたりしないと、防災やBCPが企業に根付かないーー。といったことを、目黒教授は仰っています。
 
その考えに私も共感していまして「儲けるためのBCP」と題したセミナーを最近では開催しています。

丸山:防災やBCPを企業に根付かせるため、具体的にどのような取り組み方がありますか?

高荷 さん:

分かりやすいものを言えば、社内に自動販売機やウォーターサーバーを置くこと。普段使っているものが災害時にも活用できるいい例です。最近はフリーアドレスの会社も増えて、ソファーなどを置いているところも多いと思いますが、それらも災害時の救護所になったり、 家に帰れなくなったときの寝泊まりできる場所になったりします。
 
それから中小企業庁の認定制度に「事業継続力強化計画」というものがあります。中小企業がBCPを策定し、申請すると認定をもらえます。認定によって、融資の利率が優遇されたり、補助金採択の際にプラスの加点がもらえたりして、ダイレクトに資金調達に効果があります。

また、BCP策定の上では「選択と集中」が欠かせません。災害が起こると、すべての事業を維持することはできないので、会社としての優先順位を考えて、対応を決めておく必要がありますこの「選択と集中」は会社の経営戦略や事業戦略に繋がる部分でもあるので、ぜひエース社員にやってほしいですね。すべての部署にヒアリングをして、会社がどうなっているのかを知らないと、きちんとしたものが作れないので、幹部系社員の教育プログラムや事業戦略の見直しのプログラムとして使うのもありだと思います。

丸山:最後に、高荷さんご自身の目標を教えてください。

高荷 さん:

本業における目標といいますか夢のひとつ、自分ブランドの防災グッズの開発という夢は達成できましたので、今度は趣味分野の充実、YouTubeチャンネルで登録者数100万人を目指したいですね。計算では20年後、60歳ぐらいに達成する予定です。
 
100万人を達成したら「防災系YouTuber」として、もっと活躍していきたいですね。老後の趣味としても継続できたらいいなと思っています。

丸山:本日は楽しく学ばせていただきました。ありがとうございます。今後、高荷さんとのコラボ企画も定期的に実施させていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。