一般社団法人福祉防災コミュニティ協会・鍵屋一様にお伺いした、
BCP策定義務化を前に介護施設が押さえるべきポイントと心構え

全国の介護施設や職員の災害対応能力の向上を目的に、防災・事業継続計画(以下、BCP)の研修や、災害時の福祉支援などに取り組む一般社団法人 福祉防災コミュニティ協会(以下、福祉防災コミュニティ協会)。同協会で代表理事を務める鍵屋 一 様(跡見学園女子大学観光コミュニティ学部 教授)は、2000年頃から介護施設におけるBCPの重要性を訴えられてきました。

また、福祉防災コミュニティで介護施設向けに開発されたBCPパッケージに、弊社の介護福祉施設向け通販「スマート介護」の会員向けオリジナル解説動画(前後編・計70分程度)を付けてくださった「BCP策定サポートメニュー」についてもご支援をいただいています。

今回は介護施設におけるBCPの重要性と押さえるべきポイント、そしてBCPひな型・実践指示書を含むBCP策定サポートメニューに対するこだわりについて、鍵屋 様にお話を伺いました。

<取材にご協力いただいた方>
鍵屋 一(かぎや はじめ)様
一般社団法人 福祉防災コミュニティ協会 代表理事
一般社団法人 マンション防災協会 副理事長
一般社団法人 防災教育普及協会 理事
内閣府 TEAM防災ジャパン アドバイザー
・ 内閣府 地域活性化伝道師
認定NPO法人 災害福祉広域支援ネットワーク・サンダーバード 理事

※インタビュアー:丸山 茜(防災士)
…当サイト運営元であるプラス株式会社ジョインテックスカンパニーにて防災・BCP商材、サービスの企画/推進、専用カタログ「危機対策のキホン」の企画/監修担当

介護施設の災害対策、BCPを推進する福祉防災コミュニティ協会

丸山:鍵屋 様はどのようなきっかけから、防災や危機管理、自治体行政、そして福祉の専門家として活動されるようになったのでしょうか。

鍵屋 様:

私はもともと、東京都板橋区の職員でした。防災課長や福祉部長という管理職を経験するなかで、本当に手応えがある仕事だと感じたのです。

ほとんどの人は、毎日を生きることに一生懸命で、なかなか災害に備えることまではできません。そうした人に「大変ですよね。でも私たちが支えますから、一緒にやっていきましょう」と言える仕事が防災と福祉の仕事であり、手応えを感じる理由です。「お金儲けではなく、人の役に立つ仕事」を一生の仕事にしていきたいなと考え、活動してきました。

丸山:福祉防災コミュニティ協会では、どのようなミッションに取り組んでいるのでしょうか。

鍵屋 様:

大きく二つのミッションに取り組んでいます。一つ目は、BCPのひな型と緊急時の初動対応の実践指示書を活用して、全国規模でBCPを推進していくことです。

BCPのひな型は、東日本大震災の後に東北各地の被災地でヒアリングを重ねてブラッシュアップしてきました。そのヒアリングの中で多くいただいたのが災害時の初動対応が分からないというお悩みの声。そこで初動対応の実践指示書を作成しました。

BCPのひな型を活用しながら備蓄物資や情報連絡体制、職員の役割分担など、しっかり準備をすること、そして、初動で慌ててしまったときに指示書を確認して行動すること、この二つがBCPで大事だと伝えています。

二つ目が、福祉避難所への支援です。全国には2万を超える福祉避難所の指定を受けた、もしくは協定を結んだ施設があるのですが、災害時のマニュアルがある施設はそのうちの15%ほどしかありません。防災訓練をしたことがある施設も同じく15%ほど、何らかの備蓄物資を準備している施設が30%ほどです。

こうした数字に課題意識を持ち、毎年5〜7つの県で福祉避難所に関する研修を実施して、マニュアル作成の方法をお伝えしています。また、全国の福祉避難所で活用いただけるマニュアルもオンラインで無償配布しています。福祉避難所となる福祉施設の方は(一社)福祉防災コミュニティ協会のホームページからダウンロードできますので、ご活用ください。

※福祉避難所でご活用いただける無償オンラインマニュアルのお申込みは こちら

熊本地震がきっかけに。一般企業と介護施設、BCPの違いとは

丸山:介護施設における災害時のBCPに注目が集まるようになったきっかけをお聞かせください。

鍵屋 様:

BCP自体は2000年頃から少しずつ知られるようになりましたが、まず大きなきっかけが東日本大震災でした。それまでの介護施設では、避難訓練はしたことがあっても、長期的な災害への備えが充分でなく、避難した後に福祉サービスを継続することに、ものすごく苦労したのです。

そしてもう一つの転機が2016年の熊本地震です。熊本地震では、地震で直接亡くなった方よりも地震の後に亡くなった方、つまり直接死よりも災害関連死のほうが多かったのです。せっかく助かったにも関わらず、特に高齢で体の弱い方が多く亡くなりました。こうした方々を災害後もしっかりと守る仕組みを制度として作らねばならないと強く感じ、福祉防災コミュニティ協会を立ち上げました。その頃から、災害時のBCPに少しずつ注目が集まるようになったと感じています。

丸山:一般的な企業・団体のBCPと、介護施設のBCPにはどのような違いがあるのでしょうか。

鍵屋 様:

会社にいるときに災害が発生すると、通常の業務をストップして各自が自宅へ避難することになります。

しかし、病院や介護施設といった福祉避難所は、事業者側の職員が各自バラバラに避難してしまうと、その施設の福祉・医療サービスが停止してしまい、避難できない患者さんや高齢者の命が危険にさらされることになります。

また、施設利用者様の中には要介護の日常生活を送る上で最低限必要な動作(ADL)が難しい方も少なくありません。たとえば、50m以上歩けなかったり、自力で2階に上がれなかったりと、自身では避難所へ移動することができないのです。

だからこそ、私は福祉事業者のBCP義務化をずっと訴えてきました。このたび、厚生労働省が介護施設におけるBCPの策定を2024年度から義務化することとなったのは、とてもありがたいです。

2024年度から義務化。介護施設におけるBCP対策のポイント

丸山:2024年度に義務化となる、介護施設におけるBCP策定の概略について教えてください。

鍵屋 様:

自然災害だけでなく、昨今のようなウイルスの感染拡大が発生しても、介護施設の利用者に対して必要な介護サービスを提供し続けられる体制の構築、これが大きな目的です。2021年度から3年間を経過措置として設定し、2024年度から義務化されます。

BCPを策定するだけでなく、さまざまな状況を想定したシミュレーションや訓練、職員研修の実施も義務化されており、いざというときに効果的に活動できる状態であることも求められています。また、努力義務として地域の方との訓練も盛り込まれています。

ペナルティの有無はわかりませんが、2024年度に地方自治体の職員さんがBCPが策定されているか、研修や訓練などが実施されたかをチェックすることになるだろうと思われます。

介護施設がBCPで押さえるべき要素「人・モノ・情報・場」

丸山:介護施設におけるBCP策定の中で押さえておくべきポイントを教えてください。

鍵屋 様:

最初の一歩は、自分たちの施設における災害時のリスクを、ハザードマップでよく理解することです。国土地理院が公開している「重ねるハザードマップ」で住所を入力すれば、洪水や土砂災害、津波などの災害リスクが分かりやすく表示されます。

災害時のリスクを把握したら、大きく4つの要素、「人・モノ・情報・場」をそれぞれ検討してください。

4つの要素で最も重要なのが「人」です。災害時にまず職員と利用者が無事であることを確かめ、職員が参集できるかどうかを確かめましょう。福祉サービスは人的サービスですから、職員がいないと始まりません。それぞれの職員に対して「何分で施設に到着できるか」「介護が必要な家族がいるか」のアンケートを取り、本当に参集できそうな人数を把握することをおすすめしています。

次に「モノ」が大事です。薬や水、食料、体温調整ができる設備、利用者様だけでなく職員用のトイレなど、最低3日分は備蓄しておきましょう。あとは3日分の食事の献立を作っておくことも有効です。

福祉事業者の特徴として、日本全国に同じような施設がたくさんあり、かつ企業のようにライバル関係ではなく「仲間」として横に広くつながっていること、そうした「仲間」からの応援を得やすいことが挙げられます。最低3日を乗り越えられれば、他の施設からの支援を得られる可能性が格段に上がります。

3つ目の要素が「情報」です。緊急時に一斉に連絡する手段や、安否確認の手順をしっかり決めておく必要があります。特に発災時は電話がつながらないことが多いため、SNSがおすすめです。

「スマート介護」では、「LINE WORKS」を提供するワークスモバイルジャパン株式会社と提携し、「LINE WORKS」を活用した災害時の情報共有メニューを提供していますね。「LINE WORKS」は普段から利用している「LINE」と変わらない操作感で活用できるため「いざというときでも戸惑うことがない」という意味で非常に有効な情報共有手段だと思います。

そして最後の要素が「場」です。介護施設の利用者様の中には、通所介護(デイサービス)や訪問介護など、施設ではなく自宅で生活している方もいらっしゃいます。こうした方々の命を守るため、災害時に避難できる施設が必要です。

また、帰宅に困った高齢者や地域住民の方も一時的に休めるような、地域と連携したスペースを確保しておけば、万が一職員の手が足りないときに地域の助けが得られやすいというメリットもあります。

ポイントは実践的であること。BCPサポートメニューへのこだわり

丸山:開発された「福祉BCP策定 ひな型セット」のこだわりをお聞かせください。

鍵屋 様:

介護施設のBCP策定で押さえておくべき4つの要素をしっかり押さえたひな型となっており、Wordに事業所独自の事項を入力するだけで、独自の福祉BCPを作成することができます。また、「作成して終わり」ではなく、毎年毎年見直していくことで危機管理対応の精度が上がっていくことも特徴です。具体的には、ひな型には現在も残っている課題を記載する欄があり、誰がいつまでに解決するのか、その後に解決されたかをチェックすることができます。

しかしどんなにひな型を埋めて準備していても、災害時は頭が真っ白になってしまうもの。判断力が低下したり、判断を下す施設長が不在の状態でも適切な行動が取れるようにと企画したのが、実践指示書と「防災スタートBOX」です。「災害が起きたら、とにかく箱を開ける」とだけ覚えておけば、あとはその中に入っている指示書の順番に行動するだけ。抜け・漏れ・落ちなく、初動対応ができます。

丸山:実際に導入いただいた施設の方の声をお聞かせください。

鍵屋 様:

「福祉BCP策定 ひな型セット」のおかげで、訓練がやりやすくなったという話を聞きました。これまでの防災訓練であれば、災害時のシナリオを読んで「全員無事でした」と確認して終わり。つまり形だけなのです。しかし「福祉BCP策定 ひな型セット」では、より実践的に災害時を想定して作成しているため、シミュレーションのリアリティが高くなっています。

「スマート介護」で提供しているサービスメニューもいいですね。備蓄品選定ツール「サクッとstock」を使うことで備蓄品を抜け漏れなく簡単に選定することができます。また、維持・管理においては、これまで紙やエクセルでの管理が当たり前でしたが、備蓄品管理ツール「サクッとkeep」を使うことで、備蓄品を効率的に管理することができます。昨今DXというワードがありますが、デジタルをしっかり活用して効率化することで訓練やシミュレーションに浮いた時間を充てることができます。こういった進化が今後ますます重要になるのではないでしょうか。

福祉施設と地域が密接に連携し、日本全体を「危機に強い国」へ

丸山:今回のお取り組みを踏まえて、弊社への期待をお聞かせください。

鍵屋 様:

我々専門家の活動場所は講演会や研修会といった場が多く、施設の現場からはどうしても離れてしまいがちです。だからこそ、日々お客さまの現場に向き合っているプラス社の方と一緒に、皆さんが抱えている課題の解決策を考えていきたいですね。

丸山:BCP策定にこれから着手される読者の方に向け、アドバイスをお願いします。

鍵屋 様:

日本はこれから、大きな災害(地震、津波)が連続してほぼ確実にやってくると言われています。だからこそ、「災害が起きるかもしれない」という意識でBCPに取り組むのではなく、「災害は必ず起きるのだ」と想定して対策を取ることこそが、責任ある事業者の姿勢です。

そうした災害への備えが、職員同士のコミュニケーションを促進し、地域との信頼関係を強化、利用者様にも安心していただける施設作りにつながるのではないでしょうか。BCPをきっかけに日本中の福祉施設が災害に強くなり、ひいては危機に強い国になる原動力になればよいなと思っています。